愛とか、好きとか、

考えたことの記録

自分は「なんか違う」やつだった

最近、自分の近しい友人から相談を受けてた。
一人は今にも始まりそうな恋愛、一人はこじれた恋愛の後片付け。
自分にとってその二人はとても大切な友人で、僕は二人の話を聞いた。
自分は特に何もしていない。話を聞いて、二人の気持ちを肯定した。ただそれだけ。そして、一人の付き合いが始まり、一人の恋愛は無事片付いた。
良かった。本当に。
 
翻って自分の話。
5月のゴールデンウィーク頃から少し良いなと思っている人がいた。2週間に1回ほどのペースで話をしていて、良いなとは思うけど、遠距離だし、自分はいま大学院へ通っていて心の余裕もないし、この関係はどうなっていくんだろうなぁと思いながらも、話していて楽しいから関係を続けてた。
それが先日、話をしていて、唐突に相手が「これで」というような感じで話を切り上げてしまった。お酒を飲みながらだったこともあって思い出すことができないのだけど(お酒のせいにして思い出せない時点でだめだな。。)、話をしていて、自分の発言を受けて相手が「えっ」とフリーズした瞬間があったことを覚えてる。違和感のある発言・言動だったのだと思う。確か、相手の方の体験談を笑うようなことをしてしまったような気がする。。
はぁ、ここまで書いてきて自分の愚かさ加減が嫌になるなぁ。でも、きっと、相手の方からしたら笑われたくないことを僕に笑われて、「なんか違う」と思ったに違いないと思う。きっとそうだろうなぁ。うん。
 
昔、7年付き合った恋人がいた。
その恋人と7年もお付き合いを続けられたということは、自分はきちんとした関係性を異性と築いていくことのできる人間なのだと思ってた。
でも、どうやら違うみたい。7年ものあいだ関係性を続けられたのは相手の方が僕のだめな部分に対しておおらかだったからなのだと思う。
これは、今回を含めた直近3回の恋愛を分析した時にわかったこと。そういうことなんだろうな。
なんかでも、友達とは良い関係を築けてる自信はあるんだよね。。
これは自分が相手に好意を持つと、少し自分がおかしくなってしまうこと、無意識のうちに好きな人を自分と同化させようとして、自分はされても大丈夫だと思ってることを相手にも適用してしまうことに原因があるように思う。
 
7年付き合った方がおおらかだったと思うという点も、違う言い方をすれば、感性が似通っていたということもできるわけなんだよね。
例えば、なんだろうな、失敗を笑い飛ばして欲しい人がいれば、失敗を一緒に悲しんで欲しい人がいる。そういう違い。だから、感性が違う。それが早い段階でわかったのなら良かった。そんな風に言うこともできるんだな。
今回の人についても、自分を繕っても仕方がないという気持ちがあって、話している時に自分らしくあろうと思って会話をしてた。それで「なんか違う」と思われるのなら仕方ないな。うん。そうだよきっと。
 
冒頭の友達の相談に戻ると、相談されたことには大所高所から適切なことを言うことができるのに、僕は、ことに、自分のことになると途端にどう振舞ったら良いのかわからなくなってしまうことがある。笑ってはいけいないことを笑ってしまうことがある。そして、後からあの時なんで笑ってしまったのだろうと落ち込むことになる。今回も落ち込んだなぁ。もう好きになりかけていて、連絡が来なくなって、あぁ好きになっていたのだなと気がついたから。
でも、合わなかったのです。そう、合わなかった。素敵な人だったから、うまくいったら良かったとは思うけど、うまくはいかなかった。それが早くわかって良かった。うん。そう。
 
でもでも、笑ってはいけないものがある。笑われたくない人がいる。そういうことを心にしっかりと留めておくことも重要で、それを反省する必要もある。後は、親しき仲にも礼儀あり、今あることは当たり前じゃない、全てに感謝すること、相手のことを笑うことは相手をばかにする態度にほかならないのであって、冗談であってもそのような態度はとってはいけない、ということを意識しておく必要がある。それも確実に真実。
 
はぁ。自分に嫌気がさします。
でもまぁ、ぎりぎりダメージは小さくて済みそうでこれで良かったような気もする。
 
意味わかんない文章になったけど、書けて良かった。ありがとう。